☆ヤマハSEROW20周年記念パーティー


 2005年9月3〜4日の両日、山梨県は道志村にある【道志の森キャンプ場】において、セロー生誕20周年を記念するパーティーがヤマハにより開催された。どんなバイクでも参加でき、多くのヤマハ側関係者や報道陣も訪れてはいたが、主役はもちろんセローのユーザー。公募した参加者定員の数字が「225名」というのも粋である。僕の場合は報道枠という特権を利用しつつも、自分の古いセローにまたがって参加&取材してきた。
 土曜日夕方から日曜日にかけて盛り上がっていくスケジュール進行ながら、土曜の昼下がりでも上の記念写真のごとく賑やかなもの。また、このときに訪れていた人がすべてここに写っているわけではなく、広いキャンプサイトのあちこちで静かに野営を楽しむ人もかなりいた。このあたりはセローリストらしいところでイイカンジだと思った。「気ままさ」こそがセローであろう。


 会場は、道志の森キャンプ場の一角を専用エリアに設定。その入り口には受付やワイズギアのディスプレーが配置され、過剰でない適度さでお祭りの雰囲気が演出されていた。そこには初代1KH(正確には1986年型?)、223ccモデルの最終型、それに現行セロー250の3台がディスプレーされていて、セローの歴史を思い起こさせてくれる。だが、そのピカピカ状態の3車以上に感動させられたのは、参加者の乗るさまざまな年代のセローたちだった。セルモーターのない初期の1KHや、歴史の中核をなす4JG系などがワンサカいて、どれもバリバリ元気。いかに多くの、様々な人々によってセローが愛されてきたことか。その歴史の重厚さを改めて痛感した。
 現行モデルも含め歴代のセロー開発に関わってきた方々も出席されていた。上の中央写真はそのひとり、初代セローの開発責任者を勤めた近藤 充氏である。氏はトリッカーの開発責任者でもあり、彼とのやりとりは昨年のトリッカー初試乗レポートでも(氏名は記していないが)若干触れている。氏は、バイクの作り手側にいる諸氏の中でも、僕が非常に尊敬する人物のひとりである。バイクの話しになると、とにかく熱い。本当にバイクが好きで、バイクを操ることが好きで、その操る愉しさをいかに多くの人に届けるかに人生をかけているといった感じだ。じつのところは、ほかの開発やら企画やら広報やらに関わってきた方々もみんな「好き者」ばっかりという感じであり、そうした諸氏とともに語り、ともに走れたのは、セローユーザーにとって貴重な経験だったと思う。
 また、セローというキーワードで生まれたユーザー同士の新たな出会いもあったであろう。それにイベントとしても、セロー限定のライテク・スクールや、ガーミン社の正規代理店「いいよねっと」による最新GPS紹介、モンベル社によるアウトドアライフのレクチャー、土曜日の夜はキャンプファイアーと、盛りだくさんの内容であった。


 土曜日には「開発者と行くSEROWトレッキング」も開催され、僕も同行した。上級者グループを引率したのは近藤氏である。彼の走りの、何とも巧みなこと。一般ユーザー相手だからかなり控えめにしていたのだろうが、それでも僕などはついてゆくのがやっと……というか、標準装備スタックハンドルの機能を氏にキッチリ使っていただいたくらいだ。
 ちなみに、近藤氏はテストライダーではない。そういう人が開発のまとめ役をやっているとセローのようなバイクが生まれるのだろうか。また、僕自身が遊ばせてもらいつつ、取材という観点からもあちこちのグループを見てまわったが、各グループの引率者は全員がセロー開発関係者。皆さんすごく上手で、なおかつ熱心で温かい。遊びながら、急斜面での扱いなどを的確&簡潔に指導したりもしていて、10分間くらいの間にみるみる上達する人も多数いた。指導者的感覚というより、遊び仲間をもっと増やしたい雰囲気に思えた。この日、上級組や中級組で参加したユーザー諸氏の中にも、セロー遊びとはこんなにハードで奥が深く愉快なものかと初めて知った人も、けっこう多かったと思う。


 さて。
 多くのセローリストが訪れたイベントであったが、ここに集まった人だけがセローユーザーではない。獣道アタック派やノンビリツーリング派など様々なセロー乗りが来たけれども、彼ら彼女らは、言ってみればセロー・エンスージアストである。実際のユーザーの圧倒的多数は、少なくとも入口部分では、エンスー感覚とは無縁の人々がほとんどであろう。そこに価値があると僕は思う。
 1985年、初代セローは普通のカッ飛び系オフ車とはまったく違う発想から生まれた。普通のオフ車では走ることが困難な獣道、あるいはまったく道がないところで、思い切り大自然と遊ぶ、泥遊びをする道具として発案され、その機能が徹底して作り込まれていた。走破機能も、転倒時の壊れにくさも。
 その方向の機能だけならトライアル車のほうが明らかに優れている。しかしトライアル車はたとえば、シートに座ることは無視しているので快適なツーリングはできない。セローは発想が違った。
 険しい獣道で車輪が岩などに乗った状態でも扱えるよう、あるいは泥濘地では両足で地面をこぎつつ前進する二輪二足走行ができるよう、サスペンションのストロークを抑えてシートは低く設定。その一方で、一般オフ車よりはシート幅を広くして着座走行の快適さも確保したのだった。考えてみればオフ走行も含めたところで、バイクで走りまわるシーンのほとんどでは、競技でなければシートに座っている時間のほうが圧倒的に多い。セローの思想を端的に表している部分である。
 この方向性を理解する作り手は、ほかのメーカーにはいなかった。長い間、本当の意味では理解していなかったと思う。
 とにかく、そうして生まれたセローは「優れた山遊び道具」として、当初は一部の好き者に愛された。競技ではない、遊び道具。さまざまな公道も、道を外れた場所も、縦横無尽に走りまわれる遊び道具だったことが支持された。
 だが、それとは別の面も評価されていく。オフ車特有のシートの高さによる「敷居の高さ」がないから、初心者にも歓迎される。険しいフィールドでの走破性が追求されたた結果、どんな場所でもお気楽に走れるし価格も安いので、普通のノンビリツーリングや、あるいは街乗り専用としてもウケた。さらに言えば、シンプルな作りゆえストリート系の改造ベースとしても好都合。オフなどまったく走らない人のほうがずっと多くなっていく。
 老若男女、初心者上級者ミーハー、様々な人に適合した。いろいろな使い方に適合した。しかも、単にイージーなだけではないところがミソ。どんなキッカケでまたがった人にも、理屈抜きで、バイクを操ることの愉快さを直感的に教えてくれる。さらには、バイクというものはどういう乗り方をすればいいのかを、これまた理屈ではなく感覚で教えてくれる。まさに教科書バイクでもあるのだ。僕自身、セローで多くを学び、今も日々学び続けている。
 それらはすべて、山遊び道具としての機能を徹底追及するという、根本思想がシッカリしていたから生まれたことである。最初から万人ウケをねらっていたら、こうはいかなかったのではなかろうか。また、その方向で地道な改良を続けてきた価値も限りなく大きい。
 結果的に、セローは非常に多面的な価値を内包する。また、単なるお手軽バイクとして手に入れたのだが、何かの拍子でバイクというものの本質的な面白さを発見したとか、半信半疑で林道に踏み込んでみたらオフロード走行の魅力を知ってしまったとか、そういう人も発生したであろう。本格ユーザー発掘の”功労車”でもあるわけだ。
 それら、どの面がすごいというよりも、その多面性こそが偉大だと思う。これだけの多面的価値を持つバイクは、そうそう生まれるものではない。
 20年に渡るセローの歩みに喝采を送りたい。また、騒音&排ガス問題を筆頭とするハード面にしろ、新車がそうそう売れない日本のマーケット環境にしろ、初代が生まれたころと比較すればはるかに厳しい状況であるにもかかわらず、歴史の節目の年に刷新し”セロー250”とした、その歩みの今後にも大きな期待を抱かずにはいられない。