☆04年型ヤマハ・トリッカー


 昨年の東京モーターショー以来、各方面で注目を集めてきたヤマハのトリッカー(tricker)が、3月30日に発売となる。発売日に先立ち、3月の第2週にプレス向けの発表試乗会が千葉県の館山で行われた。
 SRやTW、マジェスティで次々と新しいムーブメントを起こしてきたヤマハだが、たとえばTWは本来の開発意図とは違う形でヒットした。その流行を加速させる努力はしてきたものの、やはりファッション。いつまでも続くはずはなく、ピークは過ぎている。そこで次なる手を打つわけだが、TWのあとを追い各社がトラッカー系などを投入している既存のジャンル、そのバイクたちと似たようなものを作ったのでは意味がない。すでにあるマーケットの食い合い、ライダーの取り合いにしかならない。既存のマーケットそのものが、いつまであるかも怪しい。
 いわゆるストリート系とひとまとめで言われている若者たち、あるいはそこに属さない若者たちをも惹きつける、新しいジャンルのバイクとしてトリッカーは開発された。キーワードは『X系スポーツ』。BMXやサーフィン、スノーボードなどと同じ感覚の、スポーツツールであり、そういう意味のファッションバイクということである。
 そんなコンセプトだから、僕は東京の代官山あたりか東京スタジアムで発表会を行うものと思っていた。ところが、開催されたのは館山。ストリート系ですよと押しつけず、どんな使い方をするかは乗り手次第だから好きなように走らせてほしかったのだという。事実、のどかな田園の中でいろいろと楽しく遊べるバイクであった。走りの機能がちゃんと作られているからこそ、Xスポーツというファッションの雰囲気も生まれる。考えてみれば、TWも本来は真剣に作られたスポーツツールだった。
 さてこのトリッカー。バイク好きにはそれなりに受け入れられると想像する。何台ものバイクを乗り継いだ人には新鮮なオモチャだし、リターン層には基本習得の教科書バイクになる。だが、バイク専門誌など読まない若者たちに、どのように受け止められるのか。それは僕にも、そしておそらくヤマハにも分からない。


●作り手の顔が見える乗り味


 足着き性は抜群にいい。シート高が低いことに加え、車体が非常にスリムだからだ。身長170cmの僕で、両カカトを接地させた上でヒザが楽に曲がる。セローよりも、だいぶいい。
 ライディングポジションは、この低いシートのために、ちょっと普通ではない。ひざの曲がりがタイトで、ペダル操作は少々窮屈だ。一方で上半身は起きている。トライアル車に触れたことのある人なら、ハハァーンと思うだろう。ただし、普通のオンロード車やオフロード車しか乗ったことのない人でも、ちょっと普通とは違うなと思いつつ、極端に奇異とは感じず走り出せると思う。スタンディングでのバランスを重視はしているが、シートに座った状態ではギヤチェンジやブレーキ操作などができないバイク=トライアル車ほどではないのだ。そこそこのシート高にしてあり、ステップも低めであまり後退していない。この『ほどほど』がポイントである。誰もが普通に走れる程度にまとめつつ、本格的に振りまわす機能も与えられていて、この方針があらゆる部分で徹底している。
 ステップまわりの作りにしても、何気ない造作でコストもかけてはいない。が、本気でオフを走らせたときの操作性、クルブシ・グリップのしやすさ、岩などにヒットしても折損しにくいペダル類……。必要なところは、ちゃんと作ってある。ハンドルはオフ車としてはやや短めで、フラットでグリップ角度が開き気味だが、これまた誰もが大きな違和感なく普通に走れ、そのうちスタンディングで振りまわすようになったときには意味のある形状だと分かるものだ。

 最初は、極端にゆっくり走り出した。ほとんどアイドリングのままクラッチをつなぐ。そのままスルスルと発進し、ほぼスロットル全閉のまま人間が歩く程度の速度で走り続ける。粘りのある極低回転域だ。そこでスロットルを開けると、ズバッと加速する。強烈な加速力というのとはもちろん違うが、そんな回転域でもけっこうトルクがあることに加え、スロットルレスポンスが鋭いのだ。単に乗りやすくしてストリート系の若者に擦り寄るだけなら、極低回転のスムーズさは与えても、こんなレスポンスとはしないはず。しかし、そんな彼らにちょっと元気がいいなとは思わせても、手強いとまでは思わせず、やがては右手ひとつで様々なバイクの挙動を生み出す悦びを知らせる、そんな鋭さにまとめられている。
 ちなみに、クラッチは軽く、切れもいい。ヤマハ車のクラッチは総じて切れがイマイチで、また半クラッチを使い続けるとストローク変化しやすいのだが、コイツは違う。聞けば、そのあたりの開発には相当な力を入れたとのこと。軽快にバイクを振りまわすには、重要なところである。
 さてこのエンジン、とても気持ちがいい。フラットなトルク特性で乗りやすい。パワーピークを過ぎてからのオーバーレブ特性もいいから、ギヤチェンジしたくない場面などでもうひといき引っ張るなど、ここ一発の無理が効く。振動も少ない。そして、やや低音気味のボィーーーンというサウンドや、少し丸みのあるパルスの回転フィールなどが心地よい。レシプロエンジンを自分の右手で操っている実感がふんだんにありつつ、神経質さは皆無で気疲れしない。フルスロットルにしたところでさして速くないのだが、精一杯に右手をひねっているときでも不思議と不満は湧かず、なんとなく笑顔になっていく。
 トップスピードはメーター読み115km/hほどでスクーターより遅い。100km/hまではすぐに加速するから、これでよかろう、と割り切った作りだ。ミッションは5速で、燃料タンク容量は6リットルだ。高速道路を使った長距離移動は重要視していない。それでも現在のセローのエンジンと較べれば、トルクがあってレスポンスがよく、回転フィールにギスギス感がなく、ブチ回したときの苦しげさもない。TT250Rベースとはいうものの、SOHC2バルブ化に留まらない大幅な設計変更により、ほとんど新作となったこのエンジン、上出来である。
 ハンドリングは当然ながら軽快なのだが、それ以上にインフォメーションの多さが特徴だ。低速でステアリング操作をしたときには、フロントタイヤが路面を蹴って車体を傾けるが、その路面を蹴る感触が明確。普通のコーナリングでは、車体を傾けたときにステアリングが自然にインへ切れる、そのセルフステアの挙動が明確に伝わってくる。セルフステア等の前輪挙動は想像していたほど鋭敏なものではなかったが、鈍くもない。ほどよい。前輪が19インチなので、一般的な21インチ前輪のオフ車のように50〜60km/h以上では曲がりにくくなるようなこともない。
 こんな前輪まわりの作り、それに1330mmと短いホイールベースや徹底したマスの集中化もあり、タイトコーナーや交差点をクイッと曲がれる。またそのとき、曲がる実感がしっかりと伝わってくる。僕が期待したほどシャープでハイレスポンスな操縦性ではなかったが、誰が乗っても神経質さにビビることなく、でもシャキシャキ反応する車体の挙動を肌で感じられる仕様なのだ。
 なお、高速時にハンドルへ外乱を与えたときには、立ったキャスター角ゆえクラクラッと前輪が振れやすい。ただ、そこでバイクのほうから『手の力を抜きなさい』とのインフォメーションがあるし、フレーム本体の剛性はシッカリしていて全身グニャグニャにはならないから、まあヨシとしようか。

 館山を走る。海岸線を飛ばすのが楽しい。パワーはなくても愉快だ。表通りばかりでは飽きるので、脇に表れる怪しい小道へも次々と飛び込む。行き止まりになっても、手の内に入る車体サイズと軽い車重。ハンドル切れ角はセロー(左右51度)ほどではないが左右47度もある。これなら、どーにでもなる。この気楽さ。日常の中での小さな探検にはまさにお似合いのバイクだ。
 ちょっとした砂利道を発見。もちろん飛び込んだ。ダートのコーナリングでは、ラフに倒し込むと前輪が流れやすい傾向がある。やはり普通のオフ車とは違う。リヤの流れ出しも早い。が、あまりネかさずにスロットルを当てて、リヤを流しっぱなしにすることが容易。難しい操作はいらず感覚で簡単にできる。だから、これはこれで遊べる。
 やがて赤土の空き地というか工事跡みたいな場所を発見して、ひとしきり遊んだ。やっぱりこんな遊びをさせたかったんだな、とそこで思った。Xゲーム系とかいいつつも、トリッカーを作った人たちは本音じゃ泥遊びが大好きで、それがバイクから伝わってくる。でも、その『好き者』の世界にドップリはまりきらず、マニアックさ加減が普通の人にとって大きな違和感とならない寸前のところに仕上げてある。その『寸止め』具合が絶妙だ。低めの1速ギヤにしたって、その低さ加減がほどほどである。
 前輪径が小さいから岩などの乗り越え性能は一般オフ車よりやや劣るが、そのわりに、意外と容易に丸太などを越えられる。低速からレスポンスのいいエンジンとコンパクトな車体が活きる。ハードセクションでない限りは、21インチ前輪よりも振りまわしやすい面も多々ある。また、ほとんど助走なしで斜面へ駆け上がるときには、乗り心地がやや堅いと思っていたリヤサス(ちゃんとリンク式モノサスである)が巧みに動いてトラクションを稼ぐ。専用設計のBS製タイヤは、オンロードを不都合なく走れながら、こんなシーンでのグリップ性能がけっこういい。

 スタイルの新鮮さからトリッカーを手に入れた若者が、間違ってどこかの空き地で遊び始めたら。いや、ダートへ行かなくても、タイトターンや八の字旋回でも、交差点の右左折でも、コントロールする面白さを発見できる、というか感じられると思う。ベテランは、最初から思いきり遊べるだろう。セローのほうが走破性に優れている部分もあるが、走破するとか、速いとかではなく、遊べることが重要なのだ。ましてや、トライアル車に対して性能がどうのと云々するような人たちは、最初からトライアル車を購入すればいいのである。


●必要にして充分な装備と魅力的な価格


 日常生活圏、及びその周辺での『遊び』がテーマで、なおかつ普段の足としての機能も不足なく備わっている。そして、常にバイクを操っている実感があるところがトリッカーの特徴だ。そんな中で、ちょっと不満を感じたのがフロントブレーキ。制動力はそこそこあるしコントロール性も悪くはないのだが、他の部分に較べると、フィードバックが少ない。ボヤーッとしたレバータッチなのである。まあ、機能面での不満はこれくらいだった。

 あとは、装備面などもとくに不足はない。豪華ではないけれども、必要なものは付いており、スタイリッシュさも充分だ。スイッチ類にしても、パッシングやハザードはないが、操作性は悪くない。ブレーキレバーには、簡素だが有効なヤマハ流の効き点位置アジャスター(ボルト式)も付いている。

 本当の結論は、普段の足として街乗りをたっぷりしてから出すべきだが、バイクを操る面白さがベースの部分で作り込まれているのは間違いないと思う。その内容を備えつつ、39万9000円の価格に納めているところが、このバイクの最大の価値かもしれない。
 なお、トリッカーに関する詳しいデータなどは以下のページにある。
http://www.yamaha-motor.co.jp/news/2004-02-16/tricker.html
http://www.yamaha-motor.jp/mc/lineup/index.html
http://www.yamaha-motor.jp/mc/tricker/style/


●新たなムーブメントを創れるのか?

 試乗の前夜、トリッカーの開発責任者氏と飲んだくれて話し込んでいた。そこで彼は、以前モーターサイクリスト誌に掲載された僕のコラムが印象深かったと言った。ありがたいことである。それは昨年の東京モーターショーに展示されたトリッカーに関するもので、執筆時には誰が開発責任者か知らなかったわけだが、作り手の意図から外れた内容ではなかったと判断させていただく。読んだ記憶のある方もおられようが、以下にそのコラムを転載してみたい。作り手の言い分や都合がどうであろうと、お金を出して買う乗り手には関係ないことだけれども、作り手の気持ちが文字など見なくても走らせていれば伝わってくるバイクというのは、細かいことがどうであれ楽しいものだ。僕はそう思っている。

■MC誌2003年12月号に掲載のコラム
『……モーターサイクルをダイナミックに操る楽しさと、アウトドア・ライフの魅力を広げるツールをコンセプトに……』
 これは1987年のTW200デビュー時、その広報リリースに記されていた文章の一部だ。速さではなく、トライアル的なポテンシャルの追求でもない、まったく新しい遊び道具を本気で目指したことが、そこに見える。実際にはその意図を解釈するライダーは少なく、鳴かず飛ばずの次期が続いた。が、あるとき、TWが本来は何のために作られたのかなど知らない小僧たちが目をつけた。面白いオモチャだと。
 ティーダバーという風俗が生まれ、やがてファッションとなり、巨大なうねりが生まれていく。他のモデルに乗る連中も含めて、そうした一派をストリート系と呼ぶことも今では定着している。
 ストリート系だから、街乗り専門である。自宅と友人宅とコンビニを結ぶ、半径が5kmにも満たないような行動範囲。と、専門家筋は判断していた。ところが何年か前から、ストリート系の小僧たちがまったくそのままの出で立ちで、北海道の原野に表れるようになった。寒さに凍えている姿も見たが、まあそれも青春だ達者で旅せよ、と心で呟き無言で見送ってやったものだ。そして最近は、週末の伊豆へ行くと同様の男女を多数見るまでになった。
 TWを生み出した人間は、まさかティーダバーの登場は予想しなかったはずである。しかしながら、北海道を旅し伊豆を走りまわる彼ら彼女らを見たらきっと、してやったり、だろう。
 動くものに乗っている、動かすのが面白いものに乗っている。となれば、姿カタチから入っただけの連中のなかからも、ちょっと遠出してみようかというヤツが何%かは登場して不思議ではない。考えてみれば、レプリカ旋風が生んだヒザ擦り小僧たちの中から、今もバイクに乗り続ける中年が生まれたのと同じである。
 しかし、なのだ。
 世の不景気以上に沈滞する日本のバイク界。原付以外で売れるバイクといえば、エンスーな大排気量車、ビッグスクーター、でなければストリート系だ。そこでコストを抑えたトラッカー風とかレトロなオフ車もどきとかが次々に登場してきた。その外観は一応の出来だが、乗ってみると何も感じない。生身の肉体を駆使して、ふたつのワッパとエンジンを操る面白さ、そいつを磨いた形跡がない。お金は使わなくても頭は使って、情熱を注げばいつかは通じるのに。などと思うことが多い日々だ。
 そんな欲求不満を抱えた僕を、一目見た途端に惹きつけたのが、トリッカーだった。まずスタイル。ウケねらいで机上の思案ばかり繰り返して作ったものでは持ち得ない吸引力がある。そしてライポジ。誰にもまたがりやすい敷居の低さの先に、前後輪を己の2本の足がごとく操れそうな予感がある。そういえばヒットしなかったが昔、ホンダにAX-1という楽しいバイクがあったな、などと思いだしたりした。
 ステップまわりは、ペダルの支点をステップに近づける努力やハードな使用にも耐えそうな作りが見られる。これ、本格的なオフ車の作りじゃないか。
 聞けば、オフの走りもじつは、けっこう本気で作り込んだらしい。険しいウッズセクションなどでは、ホイール径やサスストロークの違いからセローには少し負けるらしいが、街角や路地で遊ぶにはこっちのほうが遊べそうだ。そんなアクションは考えもせずにまたがった乗り手たちの何人かも、そのうちジャックナイフに挑戦してみるかもしれない。あるいはオフに行くヤツもいるかな。いやいや、そんなことしなくたって、バイクを使って遊ぶ面白さを何かみつけりゃいいんだ。
 フォーク・ブラケットやスイングアームは鉄製で、明らかに低コスト。ここも、僕の目を引いた。安ければいい、などということは絶対にない。たとえ一杯300円のラーメンだって、まずければ高いのだ。しかし、乗り手にピンとくるものがあるならば、安いほうがいいに決まってる。
 バイクという物体ではなく遊びが主役と決めたなら、眺めて悦に入るための高価な部品も、他人にひけらかし誇示するためのキラキラもいらない。セローのスイングアームがアルミになったところで、その価値が大きく変わると思う人は少なかろう。トリッカーも、各人の価値観で何かのグレードアップをしたいのであれば、勝手にやればいい。価格が安い分だけ、そっちの費用を捻出できるってもの。イジリやすさを考えた作りのようにも思う。僕ならば、さて。
 作った人間たちの思考回路はどうだったか、一般ライダーが乗ったらどう思うか、自分が乗るなら。これほどあれやこれやと想像をかき立てさせてくれるものは、コンセプトモデルを含めて、ほかにショー会場にはなかった。