☆04年型ホンダCBR1000RR


 ホンダの輸出専用車であるCBR1000RRの国内発表試乗会が、ツインリンクもてぎのロードコース(東コース)において開催された。日本のジャーナリストにとって、初の試乗の機会となった。
 用意された試乗車は2台。03年12月にアメリカで開催されたワールドプレス発表試乗会のときは大量に用意されたのだが、国内での試乗会には、製造元のホンダが精一杯の努力をしても、この台数しか調達できなかった。海外デーラー等がデモ用などに使うため手放さないからだが、要は、日本で試乗会が開催された1月21日の時点では、まだ量産ラインが流れていないということ。よくあることだが、試乗車は量産試作車なのである。とにかく、2台のバイクを多くのメディアが試乗するため、試乗時間は1媒体あたり10分弱を2ヒートと限られたものだった。
 それでも、CBRの素性に触れられた。近年では希に見る激戦が予想される04年のこのジャンル。必勝を期してそこに投入されたホンダ入魂のスーパーウエポンは、僕の緊張と興奮に対し、見事に肩すかしを食らわせてくれた。呆気ないほどに乗りやすく、呆気ないほどに普通のバイクであった。以下はそのファーストインプレッションである。
 なお、走行写真はエイ出版社の『培倶人』誌よりご提供いただいた。撮影は桜井健雄氏。ご厚意に感謝するとともに、都合により本来の画質が得られなかったことをお詫びします。


●172馬力を信じ難いエンジン特性


 ストレートに出たところでフル加速し4速ギヤにシフトアップしたところで、ふと速度計を見れば230km/hくらい。パワーが十分に出ていることは確かだ。しかしながら、その実感はまるでない。本当に、まるでない。乗っているほうの感覚としては、速度は180km/hくらい、パワーはせいぜい160馬力弱といったムードである。2ヒートの試乗のうち、とくに1回めなどは、まったくキツネに鼻をつままれたような気分のまま終了してしまった。
 バイクを降りてから冷静に考えてみれば、そのように『遅く』感じる要素はいくつかある。まずは、驚異的にスムーズなパワー特性だ。
 高回転高出力型のエンジンであり、3000rpm以下では多少とも滑らかさに欠ける回転フィールではある。グゴゴゴッという、くぐもったような感じの回り方だ。それでも現実的にギクシャクするとかの不都合はなく、アイドリング付近からごく普通に発進し加速できる。そして4000rpm前後からはまったくスムーズに吹け上がる。乾いた弾けるエキゾーストノートを発しながら、猛々しさなど微塵もなく、トップエンドまでスイスイと回る。パワーのつながりは、まさに完璧といえる見事さ。細かく見れば9000rpm以上で排気音が一段と硬質になり、本気で速く走らせるならここから上の回転域を使うべきだなとは感じた。かといって、その9000rpmで急激にパワーが立ち上がるわけではない。全回転域において、パワーの唐突な変化は皆無である。この徹底的にスムーズなパワー特性が、まず速さを感じさせない要素の筆頭だろう。


 新規設計されたエンジンは、構造的には昨年デビューしたCBR600RRと同様である。コンパクトな燃焼室を持つDOHC4バルブのサイドカムチェーン式直4だ。吸気系はDSFIと呼ぶ、ふたつのインジェクターを備えたFI。そのレスポンスに関しては満点とは言えず、全閉からの開け始めにおけるドンツキが、とくに低中速域で出ていた。まあ、2台の試乗車のうちドンツキを強く感じたのは1台であり、量産モデルでは改良されている可能性もある。とはいえ、もう1台のほうにしても、ツイン・スロットルバルブを備えるスズキGSX-R1000ほどスムーズではない印象だった。ホンダは、意地でもツイン・スロットルバルブ方式を使いたくないらしい。


 エンジン関係で気になったのはそのレスポンスくらいで、あとは、欠点はどこかと尋ねられても、何もない、と答える以外に言葉がない。それほどまでにスムーズである。鍛造ピストンやナットレス方式のコンロッド採用による主運動系の軽量化に加え、上の写真で示す1軸2次バランサー(クランク前方)の装備により、振動もかなり少ない。


 吸気系には、ついにラムエアダクトが装備された。ラジエター上部(ステアリングヘッド下)に、エアクリーナーボックスから象の鼻のように伸びるダクトが顔を出す。その入り口にはフラップがある。上の左写真はフラップが開いた状態だが、低速域では閉じられ、一方で写真では左下方で塞がっている小さなサイドダクト(反対側にもある)が開いて、そこから新気を吸い込む仕組みだ。ちなみに、カウルにあるラムエアダクトはダミーであり、レース仕様車ではここにダクトをつなぐ。また排気系には、従来型で集合部にあったH-TEVに代わり、重量479gと770gも軽くなったシンプルな排気デバイスがマフラー手前に装備される。
 しかし、こうした機械構造以上に、点火系やFI及びその他各種デバイスなどを制御するECUの高度なプログラムが、スムーズさを生み出すうえで大きな役割を担っていると思われる。ひとつの例を挙げれば、レブリミッター。トップギヤでは、11650rpmにそれはセットされている。だが低いギヤでは、ここ一発の引っ張りを可能とするため12300rpmとし、かつ一定時間以上回すと徐々に点火を間引いて回転を下げる……。なんとも巧妙である。


●172馬力を信じ難い車体特性

 タイトなヘアピンから1速ギヤでのフル加速を試みれば、前輪はかろうじて路面に接している状態、あるいは少しだけ浮き気味にもなる。けれども高々とウイリーするようなことは、意図的な操作を加えない限り起こらない。つまり、どんどん開け続けられるのだから速く走れる。こうした安定性の高さも加速感を感じにくい要素だ。それはエンジン特性によるところに加え、車体の特性でもある。
 車体の安定性は、低速から超高速に至るまで極めて高い。いかなる状況でも、グラグラと振れ出すとか予想外の挙動を発生するようなことはない。
 高荷重指向であるからシティバイクのようなヒラヒラ感はなく、とくにサーキットのスピードでは、ネチーッと糸を引くような粘りっ気のあるロール特性、つまり倒し込みや切り返しの手応えだ。しかし重いというほどではなく、とにかくスムーズに、目的のバンク角へと落ち着いていく。そして、バンク角に比例してスイスイと曲がる。乗り方が多少どうであれ、見事なまでに滑らかな、CBRにプログラミングされたコーナリングラインを徹底して描き続ける。


 少しペースを上げてみると……何も起こらない。同じように、スイスイと曲がっていく。コーナー後半でスロットルを開けていったときのトラクション性能も非常によく、後輪は簡単に流れ出さない。コーナー立ち上がりでフルパワーをかければ、さすがに後輪はスピンを始めるが、それは縦方向(タイヤの回転方向)にズリズリズリッと軽く滑る空転に留まり、横方向へは簡単にスライドしない。このあたり、やはりエンジン特性とともに、エンジンの主要3軸をトライアングル配置として小型化しスイングアームを長くしたこと、及びリヤショック上端部もスイングアームで支えるユニットプロリンク方式によるところが大であろう。


 少し気になったところを挙げるなら、ひとつはブレーキ。ラジアルマウント式キャリパーを備えるフロントは、タッチはリニアだし制動力にも大きな不足はないが、フル制動時には若干のジャダーが発生する。フロントフォークの剛性の問題ではなく、そのフルストローク付近での作動性によるものと思われる。この現象が公道でも表れるか否かは不明だが、それとは別に、実際にスピードが落ちていく減速度を体で感じ取りにくい、という印象もあった。リヤブレーキには、とくに問題を感じなかった。
 もうひとつは、ステアリングダンパー。HESDと呼ぶ電子制御式のそれは、ステアリングヘッド上端に位置しており、ロータリー式ダンパーの減衰力が、低速時では小さく、加速時や高速時には大きくなる。確かに、高速走行中はキックバックでハンドルが振られることもなく非常に安定していた。そして、低速ではダンパーがかなり弱まるが、人間が歩く程度の速度でも、ステアリングダンパーなしのバイクと比較するとハンドル操作は明らかに重い。過去のスズキ車のように、Uターンしようとすると転びそうになるようなことはなく、まあドキドキせずに普通に操作できるのだが……。試したわけではないが、レース用のタイヤを履かない限り、高速域でもこのダンパーがなくても、とくに問題は起こりそうもなく思えた。一般に、公道ではステアリングダンパーを装備しないほうが旋回性がよくハンドルバーからのインフォメーションも明確になるものだが、さて?
 あと、ややペースを上げて走ったとき、倒し込みでバンク角45度あたりから、急にフラッと、バイクが先行して倒れ込んでいく現象が、ときとして表れる。もっとGをかけて走れば消えるのか、公道でも同じことが起こり得るのか、装着されていたピレリ製タイヤの特性なのか車体の問題なのか。このあたりは、今回の試乗では確認することができなかった。


 まあ、少しは欠点のようなものもあるわけだが、それもほとんど、重箱の隅をつついて述べているようなものであり、決定的な不具合ではない。総じて言えば、やはりエンジン同様、まったく見事な安定性とスムーズな旋回特性に終始し、そして非常に高いコーナリングの限界性能を備えた車体である。
 ライディングポジションも、最近のこのクラスの傾向からすればちょっと大柄とも思えるが、もちろん最高速ねらいオーバー1リッター連中よりは格段にコンパクトである。ハンドルの角度やシート座面形状、ステップまわりの作りなど、バイクを積極的に操作するためのバランスも良好だ。主要3軸配置の関係でギヤのシフトドラムがクランクケース上部に位置し、それに合わせてCBR600RR同様の独特なシフトリンケージとなっているが、そのシフトタッチもじつに軽快かつ確実である。


●何気なく速いことの価値


 述べてきたように、じつによくできたバイクである。しかし、2回めの試乗ではややペースを上げてみたものの、どうもスッキリしない感覚も残った。
 たとえば、エンジン特性。こういうスムーズな特性だからこそ速く走れるという理屈は納得できるのだが、自分がその時点で発生させている実際の加速度、あるいは実際の車速が、感覚として伝わりにくい。面白みでも安全性でも、これはどうなんだろう。
 たとえば、車体特性。少々コーナリングのペースを上げた時点で、このバイクの限界の、おそらく70%くらいのところにいるのだろうとは想像できたのだが、その先の一歩を踏み出す気分になりにくかった。限界に一歩ずつ近づいていく、その『一歩の踏み応え』みたいなものを感じ取りにくかったからだ。徹底的に限界を高めてレースで勝つためにはこういう特性でいいのかもしれないけれど。


 試乗前に、開発スタッフのひとりが言った。「速く感じないと思います」。それがこのモデルの性能の証だということなのだが、まさにそのとおりどころか、想像よりもずっと遅く感じた。極めてスムーズな特性のエンジン、クセのない操縦特性で限界性能も非常に高い車体。そのポテンシャルは、相当なものである。レギュレーションが変更になったSBKなどのレースへの対応も万全、というか、かなりヤル気である。一般市販状態から保安部品を排除し、ミッション/カムシャフト/ECUなどを変更したレースベース車が、日本でも99万円で2月25日より販売される。それをベースに、HRCの手でさらに改造が施されたマシンも、試乗会当日にお披露目された。
 確かに高性能なのだが、このCBR1000RRに乗っているときには、速いバイクを操っているという感覚がじつに希薄だ。速いものには乗っているねぇ、と理屈では分かるのだが、それがまるで新幹線の座席に座っているような、そういう気分である。レースでのポテンシャルはさておき、公道を走らせるスポーツバイクとしての価値はどうなのか。そこでは、そもそも『スポーツ』とな何かの論議となるのかもしれない。試乗後に、開発スタッフ諸氏とピットロードで立ち話をしていたとき、ひとりが呟いた言葉が印象に残った。「レースを考えずにCBR1000RRを開発したとしたら、違ったアプローチがあったかもしれませんね」。

 もっとも、今回はごく短時間の、それもサーキットでの試乗だ。これだけで結論を出すのは早急にすぎる。この続きはいずれ公道で乗ってからまた述べたいと思う。2月後半にオーストラリアで試乗会があるヤマハYZF-R1、それに乗りこぼしているカワサキZX-10Rとの比較も楽しみなところだ。