☆ホンダMotoGPマシン試乗


 11月19〜20日、鈴鹿サーキットにおいてHRCのプレス向けワークスマシン試乗会が開催された。スーパーバイク優勝マシンなど合計4機種が用意されたが、最も注目を集めたのは、やはりRC211Vである。本年から設定された世界選手権ロードレースの最高峰、MotoGPクラスにおいて、開幕戦から圧倒的な強さを誇ったホンダの4ストローク5気筒990ccマシンは、いったいどんなポテンシャルを備えているのか。それを自分の体で体験してみたいと思うのは、当然である。各雑誌社から、多くのジャーナリストやテストライダーが集まった。また、MotoGPレギュレーションとなったことにより、500ccは消えていくことになろう。性能差があまりに圧倒的だからだ。となると、NSR500に乗れるのもこれが最後。これもやはり、ぜひ乗っておくべきだと僕は思った。
Photo:ホンダ Photograpfer:瀬谷正弘


●RC211V

 呆気にとられる。
 これが結論である。まさに、その言葉くらいしか思いつかない。それが2002年のMotoGPシーンを席巻したホンダRC211Vの加速力だった。まあ、順を追って話そう。


 僕も、好奇心に胸を膨らませて駆けつけた。しかし同時に、かなりの不安も体内で膨らんでいた。今までの次元とは違う動力性能。いったい、乗れるのか……。ピットを出るときには、ピースサインの記念写真など撮ってもらいつつ平静お楽しみムードを装ってはいたが、あくまで装いである。
 で、じつは簡単に乗れた。図太い排気音を奏でつつ7000rpmあたりで第1コーナーからS字へとツーリング。エンジンはフレキシブルだし、車体はコンパクトで軽く、CBR600Fより乗りやすいんじゃないの、という感じである。ただし、その回転域はRC211Vとしては、ほんのアイドリングに毛の生えた程度のものだった。
 バックストレートで全開走行を試みる。5個のスロットルバルブを作動させているにしてはずいぶんと軽いスロットルをひねる。
ドッ!
 一瞬のうちに、視界に入っていた『流れる景色』が『濁流』と化した。いやブッ飛んだ。無我夢中でギヤシフトし、気が付くと目前に130Rが迫っていて、慌ててスロットルを戻した。実際には、130Rまでには十分な距離があり、エンジンブレーキだけで進入できるほどだった。僕はおっかなビックリ、へっぴり腰でシケインへ進入していったのであった。

 生まれて初めて、500ccGPマシンに試乗したときを思い出した。あのときと同じだ。
 普通のバイクなら、広々としたサーキットのストレートで全開にすることはたやすい。生まれてから一度も200km/h出したことのない人ならともかく、まあ、どーってことない。流れる景色の速さなど、すぐに慣れるものだ。スペインのイディアダで、ハヤブサを300km/hオーバーで走らせているときも、神経質に気配りはしていたが、頭脳は理論的に働いていた。「速度」だけなら、そのようなものだ。
 しかし「加速」は違う。
 ストレートで2速ギヤから加速すると、アッという間にエンジンが吹け上がり、すぐに3速、またすぐに4速……。普通のビッグバイクが1速から2速へシフトアップするより速いペースでの操作が、なんとトップの6速ギヤまで連続する。加速G……という言葉からイメージされる重厚さではない、弾き出される感覚。そして……それ以上に、まわりの景色の流れる様子が変化するペースの異常さ。結局のところ加速Gの問題ではない。「速度の変化」が異常なペースで進行する状況に、脳ミソがまったく追いつけないのだ。そして何ラップめかで気付いたのである。スロットルが、全開になっていなかった。気合いを入れて全開にしても、チェックすると少し戻していた……15年も前に、初めてワークスの500ccGPマシンに乗ったときののことである。
 今では、そんなことはない。マシンが進化し乗りやすくなったこともあるが、何よりさすがに、だいぶ慣れた。この日も、最初に加藤大治郎選手の500ccマシンに乗って、体慣らしもそれなりに。そしてRC211Vも加藤選手用で、ライポジやらサスセッティングなどが同じ方向だから乗りやすいはず。しかし、あまりに次元が違っていた。加速時の速度変化に、脳ミソがまったく追いつかない。
 フルコースを4ラップするほどの間に、可能な限りエンジン性能のチェックをしようと、ストレートだけは気合いを入れた。ほとんどタコメーターが見えない状況で、何とか回転数と特性を読みとろうとした。10000rpm近辺から排気音が硬質になり、さらに12000rpm弱からは、ガギュギュギュギューッという獣の咆哮となってパワーバンドに突入。14500rpmで青色LEDのレヴインジケーターが点滅するまでは、本当に一瞬の出来事だ。というか、メーターの針の振り上がりがあまりに素速く、なかなか針が読めないのでインジケーターの閃光を頼りにシフトアップするのが実状である。
 気が付くと、ストレートでもやはりスロットルが残っていて、自分に「全部開けろ」と気合いを入れる。強烈な加速力に、前輪はどこでも浮き上がる。今度こそ。スプーンカーブを2速で立ち上がり、バックストレートを加速する。5速ギヤで前輪が浮き上がってきたとき、気合いを入れるのはやめた。
 あとで、開発グループの方に、どのくらい馬力が出ているのかを聞いた。230馬力弱かなと思いつつ「230馬力以上いってるんですかね」。彼はサラリと答えた。「軽く超えてますよ、来年は240〜250馬力の戦いでしょう」。

 というようなバケモノ的パワーである。が、少なくとも僕が乗った限りでは、野蛮ではない。10000rpmと12000rpm弱にパワーアップのポイントはあるが、そこで唐突にタイヤが滑るとか竿立ちになるとかはなく、回転のつながりはスムーズ。高回転域でのスロットルレスポンスは開け始めでドカンと来るが、これはライダーの好み次第で調整できるという。2ストローク車のようにボヤッとしたツキではない部分を、逆に活用して素早くサスの位置を決めてトラクションをかけ、鋭いダッシュで勝負していると思われる。また、減速時に少々ラフなシフトダウンをしても、後輪が跳ねたりしないところにも感心した。
 操縦性は500の流れを引く、非常にスムーズな特性。倒し込みや切り返しには、ネチーッとした手応えがほどよく介在する。500よりは若干手応えがあり、エンジンの高い位置が重たい感じはあるが、145kgという車重から想像したよりは、ずっと軽快に感じた。車体の挙動は常にスムーズで一定だ。旋回もスムーズ。ブレーキも、適度にストローク感のあるレバータッチでコントロール性が高い。
 もちろん、レーシングペースでの話をする資格はない。それでも、僕なりに感じたままを言わせてもらえば、500とはまったく違うエンジン重量とパワー特性のマシンに、最新技術を駆使して500の良さを埋め込んだ車体バランスという感じがした。そしてエンジンは、高いコントロール性を持たせながらの、圧倒的なパワー。それが世界最速のRC211Vである。


●NSR500


 僕は、1980年代後半からという長い間、ホンダのワークスマシンNSR500の試乗をさせていただいている。乗らなかった年はいくつかあるが、全体の流れを見させていただいた。NSRの秘密のベールを剥ぐべく2年間にわたる取材を行い、95年には1冊の本にまとめさせていただいてもいる。ありがたいことだと、本心から思っている。
 90年前後はフルパワーをかけると、ウエット路面では直線の6速でもホイールスピンして前に進まなかった。エディ・ローソンがホンダに移籍し、大きくマシン特性が変わった年もあった。近接爆発(いわゆる位相同爆)方式の導入により、画期的に乗りやすくなったことも昨日のように覚えている。2002年シーズンを終えた今、栄光ある鈴鹿サーキットで加藤選手が使用したマシンを走らせながら、色々な出来事が走馬燈のように蘇った。
 今のマシンは、まさに熟成の極致にある。エンジンはスムーズでパワーのつながりがよく、戦闘的なパワーを発揮する回転域も9000〜12500rpmと幅広い。そのパワー特性に加えて、絶妙な車体ジオメトリーにより、やたらとウイリーすることも、ホイールスピンすることもない。我々レベルが乗る限りは、とても楽しいスポーツの道具といってもいいほどである。もちろん加速力は半端ではなく、一般人がいきなり乗って全開にできるとは思えないが、まったくもって野蛮さはない。ハンドリングも、RC211Vをさらにハイバランスにしたような感じであり、落ち着きがあって軽快で、常に安心感がある。加藤選手の好みでピッチングモーションなどは押さえ気味だが、それでもブレーキング時など、フロントフォークがしなやかに踏ん張ってストロークする感触が明確に伝わってくる。そう、ブレーキのコントロール性もピカイチだ。
 1984年、3気筒のNS500からスイッチして4気筒となって以来、多くの技術者やライダーたちの奮戦によって鍛えられ磨かれ育まれてきたNSR500。しかし、今のところ公式発表はないものの、来年からはワークスとしてのレース参加はなく、開発も終えられると思われる。
 自分の試乗を終え、ピットで関係者と話していた。別の人が乗ったNSRが、甲高い2ストロークのエキゾーストノートを響かせ、ホームストレッチを駆け抜けていく。「レーサーは、やっぱあの音だよな」と、誰かが呟いた。そう、あの音の中で僕も育った。いい時代が、ひとつ終わろうとしている。