☆ドゥカティが2003年2003年MotoGP参戦マシンを発表


 イタリア現地時刻の2月14日、ミラノにて、ドゥカティがMotoGPクラスへの2003年参戦計画を発表した。ドゥカティ・ジャパンは、その内容を日本語としてリリース。その中から、興味深い部分を抜粋して掲載する。

*************以下ドゥカティ・ジャパンのリリース***********

●夢が現実へ

30年の歳月を越え、今年ドゥカティはグランプリのトップクラスにカムバックする。 伝説的なメーカー ドゥカティが新たにMotoGP選手権に加わることにより、エリート集団のカテゴリーに新たな局面をもたらすだろう。

市販車ベースのスーパーバイク世界選手権での15年間に及ぶ輝かしい功績を築いたドゥカティは今、スーパーバイク世界選手権への変わらぬ参加、献身、忠誠を決意しながらも、ドゥカティマールボロチーム、トロイ・ベイリス、ロリス・カピロッシ、そして全く新しいプロトタイプマシン−デスモセディチV4とともにMotoGPの戦いに参入する。

バイクファンが親しみを込めて“モーターサイクリングにおけるフェラーリ”と呼ぶイタリアンファクトリーチームのドゥカティマールボロチーム・MotoGPプロジェクトは、世界中のモータースポーツエンスージャスト達を魅了することだろう。デスモセディチはすでに冬季のテスト中に驚くべきタイムを記録しているが、ドゥカティコルセのエンジニア達は決してそれを過大評価することなく、この競争が激しく技術的にチャレンジングなクラスにおいて日本、イタリア、英国のライバルファクトリーチームに挑む準備を整えている。デスモセディチはドゥカティの新しい技術の実験を可能とする長期プロジェクトであり、ドゥカティコルセはドゥカティの輝かしい歴史における最大のチャレンジに対処するためスタッフ数を110名に増員した。

『デスモセディチは、魅惑的かつ刺激的なプロジェクトである。モーターサイクルレーシングとカーレーシングの両方の歴史に貢献してきたブランドであるマールボロが、今後4年間のパートナーとしてドゥカティを選択したことは光栄だ。MotoGPの4ストロークの参入は、ドゥカティにとって技術とその成熟さを実証する好機となる。スーパーバイク世界選手権で蓄積した経験が、MotoGPでの初期の成長段階を経て、このクラスの強豪ライバルに対し最高レベルの戦いを挑むことを可能にするだろう。』と、ドゥカティコルセのマネージングディレクター クラウディオ・ドメニカーリは言う。

1998年以降ドゥカティを駆ってきた、2001ワールドスーパーバイクチャンピオンのトロイ・ベイリスと、GP125及び250クラスの元王者カピロッシはドゥカティのMotoGP参戦を率いるのに理想的な男たちである。両ライダーともその比類ないライディングスタイルと、オフトラックでの気さくな人柄で知られる。2人は、ドゥカティのトレードマークであるデスモドロミックバルブコントロールシステムを使用した200HPを超えるV4 4ストロークエンジン−デスモセディチを絶賛している。

『ドゥカティデスモセディチプロジェクトに参加できることを喜んでいる。』と、過去3シーズンで22回のワールドスーパーバイクレース優勝を果たしたベイリスは微笑み、『このバイクは、僕が乗っていたドゥカティ998スーパーバイクとは全く違うものだ。乗りこなすようになるまでは多分もう少し時間が要るだろうし、僕にはほとんどのMotoGPサーキットでの経験がないから勉強が必要だけれど、そのすべてが刺激的で楽しいと感じる。ドゥカティが僕をドゥカティマールボロチームのパートナーとして選んでくれたことを誇りに思う。』と言う。

過去に3人しかいないGP125、250、500の全クラスの優勝者のひとりであるカピロッシは、
『ドゥカティデスモセディチは急激に向上した。物事の進み方にとても満足している。他のメーカーに1年遅れて参戦する僕たちにとって簡単にはいかない年になるだろうが、僕たちが持っているものすべてを活用するつもりだ。プロジェクトは順調に進んでいて、すでに良いレベルに達している。デスモセディチのデビューは間近に迫っているが、コンスタントに最新化し刷新を加えている。僕たちは素晴しいポテンシャルを持っており、ドゥカティ社全体がこのプロジェクトを信じているから、開発はコンスタントで迅速に行われると確信している。2003年は思う存分楽しむつもりだ!』と語る。

ドゥカティマールボロチームは、イタリア・ボローニャ郊外のボルゴ・パニガーレに在るドゥカティコルセ社の構内に拠点を置く。ベイリスとカピロッシの全16レースに及ぶMotoGP世界選手権は、来る4月6日、日本・鈴鹿で始動する。

●2003MotoGP世界選手権スケジュール
4/6 日本GP/鈴鹿
4/27 南アフリカGP/ウェルコム
5/11  マールボロ スペインGP/ヘレス
5/25 フランスGP/ルマン
6/8 イタリアGP/ムジェロ
6/15 マールボロ カタルニアGP/カタルニア
6/28 オランダGP/アッセン
7/13 イギリスGP/ドニントン
7/27 ドイツGP/ザクセンリンク
8/17 チェコGP/ブルノ
9/7 マールボロ ポルトガルGP/エストリル
9/20 ブラジルGP/リオ
10/5 パシフィックGP/茂木
10/12 マレーシアGP/セパン
10/19 オーストラリアGP/フィリップアイランド
11/2 マールボロ ヴァレンシアGP/ヴァレンシア

●ドゥカティのスーパーバイク世界選手権での功績 1998−2002
計193レースで優勝
9回のライダーズタイトル獲得
11回のマニュファクチュラーズタイトル獲得

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●デスモセディチドゥカティの技術と独自性

過去30年もの間、ドゥカティは究極のスピードとパフォーマンスを持つ4ストロークレーシングバイクを生みだす優秀なメーカーであることを明確に証明した。公道走行用市販車をベースとする我々のレーシングバイクは、あらゆる種類のプロダクションレースカテゴリー、ワールドスーパーバイク選手権からTTフォーミュラ1選手権、そしてワールドスーパースポーツ選手権からエンデュランスレースまで、世界を股にかけた勝利を獲得した。

今年、ワールドスーパーバイク選手権への参戦を継続しながら、ドゥカティは “ドゥカティ・マールボロチーム” によって4ストローク プロトタイプマシンによるMotoGP世界選手権に参戦するという偉大な挑戦を開始する。ドゥカティは1970年代初頭より頂点のレースカテゴリーである世界グランプリシリーズに参戦しなかった。なぜならば、トップフォーミュラの500ccクラスはドゥカティの4ストローク公道走行用市販車とはまるで共通しない2ストロークマシンにより支配されていたからである。

『 ドゥカティ デスモセディチプロジェクトのフィロソフィーは、エンジン、シャシ、ライダーのトータルインテグレーションにある。 』ドゥカティコルセ テクニカルディレクターのフィリッポ プレジオーシは明言する。『 我々がこの新しい挑戦に取り組みはじめた時、最初期のミーティングからこのコンセプトが我々の指針であった。デスモセディチとは、ドゥカティスーパーバイクを超越し、前進する為の重要なステップであり、そして開発を加速させ即座に望んだ結果が得られる“バーチャル”モードによって我々の全ての開発作業を可能とする、新しいデザインテクノロジーの結果でもある。ドゥカティは、このプロジェクトが我々に更なる成長と、高性能公道走行用市販車の信頼性と楽しさをより高める新しいテクノロジーをもたらすことと信じている。 』

昨年、世界グランプリの規則は4ストロークエンジン・レーサーを優先させるために変更され、500cc世界選手権はMotoGP世界選手権に変更された。我々の公道走行用市販車が世界スーパーバイク選手権に於ける成功によってプロモートされ続ける一方、即座にドゥカティはMotoGPにも関与すべきであると認識した。なぜならファクトリーエンジニア達はMotoGPが革新的且つ前衛的なテクノロジーを評価するための更なる機会をもたらすことに気づいたからである。

当初、ドゥカティのMotoGP担当テクニシャン達−平均年齢28歳の熱狂的なエンジニア達−は4/5/6気筒エンジン・レーサーと比較し、テクニカルレギュレーションによってもたらされるウエイト・アドバンテージを持つであろう2気筒エンジン搭載のMotoGPモスーパーツインモ:新世代 V-ツインプロトタイプレーサーを創造しようと考えた。しかし、多くのコンピュータシミュレーションを含む詳細な研究結果により、2気筒エンジンには、必要量と想定される約220馬力という強大なエンジン出力を過度なエンジン高回転化を伴わずに生み出すことに苦戦することが示唆された。エンジニア達は、2気筒エンジンでは16,000rpm以上の高回転化が必要であると予測したが、これは燃焼上の問題になりうるスーパーワイド・ボアとウルトラショート・ストロークのエンジン構成が伴わなければならない。

ドゥカティは最終的に、ドゥカティの伝統的なL型形状のV-ツインレイアウトを踏襲し、賞賛されるデスモドロミック・バルブオペレーションシステムを採用した、すべてにおいて新しいV型4気筒エンジンの開発を決定した。これはドゥカティにとって伝統と革新の要素を結合する新しい方向性であった。このエンジンはデスモセディチ(Desmosedici)と名づけられた。なぜなら、16のバルブ(sediciはイタリア語の16を意味する)を持ち、サーキットで幾多の勝利を約束する主要因であるデスモドロミック バルブオペレーションシステムを搭載したからである。

ドゥカティの、長期にわたり採用された90°L型エンジンレイアウトは、ファクトリーチームのサーキットにおける勝利を生み出したアドヴァンテージを持つ。このレイアウトは、16,000rpm以上で回転するエンジンの重要な原則となる本質的なエンジンバランスをもたらし、そして最小限の振動によってメカニカルな効率と信頼性に貢献する。

ドゥカティの伝説的なエンジニアであるファビオ・タリオーニがデザインしたデスモドロミック・システムは、いかなるエンジン回転数においても精密なバルブ作動を実現する為に、エンジンバルブの開閉どちらにもロッカーアームを採用している。デスモ駆動のバルブタイミングシステムは、他のタイミングシステム、特にニューマチックシステムと比較して最小限の出力損失(特に低、中速回転域において)にとどめる。

ドゥカティコルセは、デスモセディチエンジンの初期のテストにおいて、2タイプのエンジンを製作した。一つは等間隔爆発エンジンであり、一つは同時爆発エンジンである。しかし、早期のテスト段階において同時爆発エンジンは各コンポーネントに過度なストレスを与えることが示唆された。従ってエンジニア達は、一般的な等間隔爆発エンジンに焦点を絞ることに決定した。

デスモセディチエンジンは、最高のエンジンパフォーマンスと最適な燃料消費を両立させる新たなマニエッティ・マレリ製エンジンマネージメント/フューエルインジェクション・システムCPUによりコントロールされる。ドゥカティのレースメカニック達はフューエルインジェクション・システムに関して他のいかなるライバルメーカーよりも長い経験を持ち、また、燃料と潤滑油の経験豊富なパートナーであるシェルは様々なパフォーマンスを向上するべく研究、開発を行っている。

優れたエンジニアリングの探求の為、自らの開発の道筋を探し求めることを決して恐れないことにおいて、ドゥカティはまた、シャシの選択に関して唯一の存在である。他メーカーが、偏在する様々なタイプのアルミニウム製ビーム型フレームでレースに臨む一方、デスモセディチは世界スーパーバイク選手権で絶大な効果を発揮したものと同様のチューブラースチール製のトレリスタイプフレームを採用している。このシャシコンセプトは、必要な箇所の剛性を十二分に高めながらも同時に、近代レースにおける特に複雑な問題であるシャシの“チャター”を排除する要因となる、柔軟さを持ち合わせる。

デスモセディチは、過去11回の500/MotoGPタイトルおよび過去9回の世界スーパーバイクチャンピオンシップを勝ち取ったフランスのタイヤ会社 ミシュラン、そしてドゥカティが共に世界スーパーバイク選手権を制覇したサスペンションスペシャリティの オーリンズ との協力関係を継続する。

ドゥカティ・マールボロチーム・デスモセディチ V4 はハイテクノロジーと強烈なパッションとの融合によって、ますますポピュラーになるMotoGP世界選手権で、最も激しいモーターサイクルの戦場における力強く新しい存在であることは疑う余地のないことである。

●ドゥカティデスモセディチ仕様書
エンジン: 水冷式90°V型4気筒4ストローク、デスモドロミックDOHC、4バルブ/1気筒
排気量: 989cc
最大出力:  161kW/220+ bhp@16000rpm
最大トルク:  約100NM/10.2kgm@14000rpm
最高速:  320kmh/200mph 以上
トランスミッション: 6速 カセットタイプギヤ・ボックス、ギヤレシオの選択可、
乾式多板スリッパータイプクラッチ、ドライブチェーンによるファイナルドライブ
キャブレーション: マニエッティ・マレリ製電子燃料噴射、4スロットルボディ、
シャワータイプインジェクター(スロットルバタフライバルブ上のインジェクター)
燃料:  シェル・レーシングフューエル
潤滑油:  シェル・アドバンス ウルトラ4 20w60
イグニッション:  マニエッティ・マレリ製プログラマブルCDI、アジャスタブルマッピング
エキゾースト: テルミニョーニ製 4in2システム
シャシ: チューブラースチール製トレリスフレーム、マルチアジャスタブル・ステアリング
ジオメトリー/ホイールベース/ライドハイト、アルミニウム製スイングアーム
サスペンション: オーリンズ製42mm倒立フロントフォーク、リヤサスペンション:プリロード、
ハイ/ロースピード・コンプレッション/リバウンドダンピング調整可、
リヤサスペンション・リンクの選択可
ホイール: マルケジー二製 17インチフロント/16.5インチリヤ、各種リム幅選択可
タイヤ: ミシュラン製 17インチフロント/16.5インチリヤ、各種スリック、
インターミディエイト、レイン、ハンドカットの選択可
ブレーキ: F=ブレンボ製305mmカーボンダブルディスク、4ピストンキャリパー
R=220mmシングルステンレススティールディスク、2ピストンキャリパー
乾燥重量:  145kg(FIM規則による)

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●ドゥカティレーシングの歴史

ドゥカティが新型4ストロークマシンで新しいMotoGPに参戦する決意を発表したのは、2001年5月のスペインGPの場であった。 すでにスーパーバイク選手権に君臨していたドゥカティを新しいMotoGPクラス参戦へと誘引したものは、プロトタイプマシンで戦うMotoGPはエンジニアが最先端の技術を実験できる理想の場であり、高性能ストリートバイクで成功したメーカーとして優位に立ち続けることに貢献すると考えたからである。

70年代以来、Vツイン(Lツイン)デスモのスポーツマシンはドゥカティの名を世に知らしめ、世界中で多くのドゥカティファンを勝ち取ってきた。 エンジニア ファビオ・タリオーニが設計した初期型750GTと900SS Vツインは、それぞれイモラ200とマン島TTで優勝した。 80年代後半には、空冷2バルブVツインに替わりマッシモ・ボルディが手掛けた水冷4バルブVツインが、デイトナとスーパーバイク世界選手権の開幕戦で優勝した。

この系統の近年のドゥカティモーターサイクル916、996テスタストレッタ、998テスタストレッタは、長年に渡りスーパーバイク世界選手権に君臨し、そのユーザーフレンドリーなパワーとイージーなハンドリング特性は他の追随を許さなかった。 MotoGP参戦の決意後、当初ドゥカティは全く新しいVツインプロトタイプの製作を考慮したが、結果的にエンジニアはドゥカティのトレードマークである90度シリンダーレイアウトとデスモドロミックバルブシステムを採用したV4エンジンを選択した。

新設計のデスモセディチV4エンジンは、2002年7月にイタリア・ムジェロでヴィットリアーノ・ガレスキーによりトラックデビューする。 MotoGPライダーのトロイ・ベイリスとロリス・カピロッシによるテストプログラムは11月に開始され、12月にはスペイン・へレスでラップレコードを更新した。

ドゥカティレーシング...その始まり
アドリアーノ、ブルーノ、マルチェッロのカヴァリエーリ・ドゥカティ兄弟によって、1926年7月に創立されたドゥカティ社は、当初、ラジオトランスミッターのメーカーとして有名になった。 第二次世界大戦の勃発頃までには、従業員7,000人を抱えるまでに成長、製品も増幅され、電気剃刀、インターコム、計算機、カメラ、ムービーカメラなどを手掛けるようになる。 1946年、ドゥカティは最初のエンジンの製造を開始、自転車のフレームに載せられた4ストロークモーター“クッチョロ”(子犬)は、戦後イタリアの復興期に活躍した。

1950年
50ccクッチョロが12種の世界記録を樹立

1951年
100ccクッチョロが高速24時間連続耐久記録を樹立

1954年
ドゥカティ社の最も有名なエンジニア ファビオ・タリオーニが入社

1956年
ジャンニ・デリ・アントニが駆るタリオーニ設計のデスモドロミック125シングルがスウェーデンGPで優勝(ノンチャンピオンシップ)。 次いで同じバイクで、サンドロ・アルトゥーシがモンツァでドゥカティ初の世界選手権ポイントを獲得。

1958年
アルベルト・ガンドッシとブルーノ・スパッジアリによりドゥカティは125グランプリで3回優勝。ライダース及びマニュマクチュラーズともに総合2位。

1960年
マイク・ヘイルウッドが並列250デスモツインを駆り、ドゥカティ初の250世界選手権ポイントを獲得。

1965年
タリオーニが並列ノンデスモ4シリンダー125を設計。 しかし、このバイクがレースに出ることはなかった。

1971年
ドゥカティ初のプレミアクラスGPレーサーと初のVツインがレースに出場。 フィル・リードがモンツァでデスモ500初の世界選手権ポイントを獲得。

1972年
イモラ200マイルレースでポール・スマートがGT750デスモVツインを駆り優勝。 ドゥカティのレース史初期において最も有名な成功となる。

1973年
ベンジャミン・グラウとサルヴァドール・カネラスにより、ドゥカティ860デスモVツインがバルセロナ24時間耐久レースで優勝。


1978年
前ワールドチャンピオン マイク・ヘイルウッドがマン島TTレースで900SS F1スペシャルを駆り優勝し、ドゥカティ初の世界選手権の王冠を確実なものとした。 アメリカでは、その後ワールドチャンピオンとなるフレディ・スペンサーが900SSを駆りデイトナ200で3位入賞する。

1981年
トニー・ラッターが600ccパンタTT2を駆り、4年連続して行われたフォーミュラ2世界選手権の初年に優勝

1987年
500ccの前世界チャンピオン マルコ・ルッキネリが新型8バルブVツインの851を駆り、デイトナ・バトル・オブ・ツインで優勝、ドゥカティ新時代の成功第一歩を築く。 マッシモ・ボルディ設計のエンジンを搭載したこのバイクが、伝説となる916の前身となる。

1988年
ルッキネリが851を駆り、スーパーバイク世界選手権初年の第1戦ドニントンパークで優勝。シーズン総合5位を達成。

1990年
レイモンド・ロッシュが134HPの888を駆り、ドゥカティ初のスーパーバイク世界選手権の王冠を手にした。 次いで、アメリカ人のダグ・ポーレンが91年、92年にチャンピオンになり、ドゥカティファクトリーの君臨が続いた。 次の年、ポーレンはドゥカティ初のUSスーパーバイクタイトルを獲得。

1994年
カール・フォガティが駆る初参戦の916がスーパーバイクタイトルを獲得。 次いで95年もフォガティがチャンピオンとなり、1996年にチャンピオンとなったトロイ・コーサーとともにドゥカティのタイトルハットトリックを達成。

1998年
フォガティが996を駆り、3度目のスーパーバイクタイトルを獲得。さらに99年に4度目の偉業を達成。

2001年
オーストラリア人ライダー トロイ・ベイリスが998テスタストレッタを駆り、ドゥカティとして9回目のスーパーバイク世界選手権ライダーズタイトルを獲得。 同年5月、ドゥカティはMotoGP世界選手権参戦の決意を発表する。

2002年
序盤、ベイリスが引き続きスーパーバイク世界選手権をリードするが、総合2位でシーズンを終える。 MotoGPチームメイトのロリス・カピロッシとともにデスモセディチのテストを開始。 11月、V4はMotoGPのシーズン最終戦ヴァレンシアで行われたイベントでパブリックデビューを果たす。 12月にはスペイン・へレスでラップレコードを更新した。

<以上>